福島発・東日本大震災・原発事故についての投稿ばかりになっちゃいました

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■2011年03月

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置き去り犬 まだまだ生きています! 今日の状況 南相馬市小高・浪江の一部 

現実は、すさまじい状況です。

手短にご報告します。写真は明日。

さきほど現地から帰宅。本日は、現地でひとりで、犬・猫・馬・牛の世話をしている女性O氏とともに、
UKCジャパンhttp://ameblo.jp/dog-rescue/entry-10831708134.html のお力を借り、
一部の犬・猫の保護をすることができました。

この団体はすごいです。後日報告しますが、
長い間鎖につながれたまま、飢え、凍える日々を過ごしてきたために、
人(犬)格崩壊となってしまった、あまりにもあわれでならない「噛み付き犬」をも
迅速、かつ、愛情を持って保護してくれました。

彼ら、関西の方々のパワーと、スピードに、ただただ、感服しました。

しかし、まだまだいます。
きりがないほどです。それぞれの犬に、名前があり、3週間前まで、愛情を受け生きてきた犬・猫
なのですよね。30Kmの範囲を動きましたが、犬がいると思われる集落は、点在しており、
とても、個人のレベルで回れるものではありませんでした。

牛・馬の現実はさらに厳しいものがあります。


あまりの厳しい現実に、救援メッセージを出しました。

3人の方より(愛知・東京・栃木)ありがたい支援の申し出を受け、
明日より、彼らのお力を借り、まだ命のある子の救出に動いています。

放射能で怖がられている、この20Km圏内に、あえて遠方から来てくださる
3人の方々のお気持ちと行動力に、
この場を借りて、心から感謝と、尊敬の念を禁じえません。

詳しい報告は別途いたします。

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南相馬小高地区置き去り犬エサやり 求む応援

たくさんのご支援ありがとうございました。

現地に来ています。20匹ほど保護。神奈川寒川町にUKCジャパンにより無事移動。まだまだいます。車必要。お願いします。来られる人、

置き去り犬についての報告 南相馬市小高地区

たったひとりで、飢え、凍えた犬・馬・牛の命を懸命に助けようとしている女性Oさんからのコンタクトが
頻繁に入ってきているので、取り急ぎ伝えます。


1.本日1匹保護。犬は計3匹。彼女の自宅の馬屋にいます。
つながれている犬たちについては、保護ができないし、彼女も辛いと言っていた。
最低限のエサと水やりをしているが、衰弱ははなはだしく、非常に厳しい状況のようだ。

2.福島県双葉郡浪江町津島

このエリアは、山間部になり、民家に入っていくこと自体が、彼女ひとりでは困難な状況のようで、
おそらく、希望は持てないと言っていた。

4.人間に対して、悲しいほど暴れる犬もいるそうです。
近づくことも困難で、専門家でなければならないと言っています。
そのレスキュー部隊に、彼女自身が今日コンタクトをとったそうです。
UKCジャパンという団体だそうです。


3.彼女が与えているエサ

通常のドッグフードは、まだ在庫があるようですが、
姿の見えない犬たちのために、ゴミ集積所にえさをまいているそうです。

そのほか、ニンジン、サツマイモ、ジャガイモ、じゃこ、鳥胸肉、りんごなどをミックスしたものを与えているそうです。水をあげるのはなかなか難しいようです。
これらの援助が欲しいと言っています。

4.牛も悲惨な状態だそうです。
エサが見つからないそうです。

※私の目撃した、さまよう犬たち

数は相当数いると思います。また、首輪は外されているが、家の庭で飼い主を待つ姿も多く見られました。

取り急ぎ、彼女から得た情報です。







動き出した気がする。置き去り犬救助の動き 福島県南相馬市

私はこれから、明日保護活動をしてくれることになった
APF通信社 http://www.apfnews.com/ に

屋内や庭にいる動物の情報を、提供するため、
飼い主であるひとがいる可能性のある福島市内の避難所へ、情報収集にいく。

今朝も、南相馬市小高エリアで、ひとりで、動物たちを見て回っている女性、Oさんから連絡があった。

明日、別の団体も救助に来てくれるという連絡があったそうだ。
私にも、道案内として飯坂の方が同行してくれることになった。

もっと早く動けていれば・・・自分の情報不足に腹立ちを覚えるが、
でも、救える命がある。

彼女の明るい声が、私に勇気を与えてくれる。
きっとそうだ。




置き去り犬たちと馬・牛のエサやりをひとりでやっている人と連絡がついた

たった一人で、南相馬市小高地区で、置き去りにされた犬、猫、馬、牛のエサやりで、
毎日駆け回っている67歳の女性と連絡がとれた。


彼女から聞いた現実は、私が27日に垣間見たものをはるかに超える壮絶なものだ。

家々に鎖でつながれた犬の前に転がるのは、厚い氷と化したご飯。食べることはできない。
親牛が死んだ横で、かすかに息をする子牛。

生きものたちの死骸が転がるまち。

「彼らは番犬であって、家族ではない。」そんな習慣は日本には昔からあったのだ。と彼女は言う。
「都会のひとにはわからない。」そんな彼女もまた東京のひとだ。

死を目の前にしながら生きている命がある。
だから、彼女はやっているのだと言う。

私は明日、その人とともにその現実に向き合うことにした。

なのに、恐ろしくて、手が震え、生まれて初めての恐怖を感じています。


私のように、ぬくぬくと生きてきた人間が。


【地震・原発関連】 福島市の避難所におられる方々の声 3月26日

遅くなってしまったが、3月26日に避難所で、伺ったお話等をまとめます。

まず、伺った避難所は福島市「南体育館」。
ここは、断水等さまざまな要因で、別の避難所から、よりよい環境をという目的であらたに設けられた避難所。

☆環境については改善され、
厚めの置き畳が15ほどのブロックに敷かれ、低めのパーテーション設置。
子どものエアクッション的なジャングルジム?なども設置。
炊き出しも、以前は、1週間に2度ほどだけだったが、毎日近隣のボランティアの方々により行われるようになった。断水も解消され、洗濯機も設置。体育館の2階部分の手すりに洗濯物を干すなども行われるようになった。
近隣に住む高校生のボランティアの女の子が笑顔で赤ちゃんの世話を焼いていたので、私も嬉しい。


しかし、避難所で2週間あまりを過ごす皆さんのその表情からは疲れと、苛立ちが浮かぶ。
原発事故による避難所は、移動移動の繰り返しも多く、そのことも暗い影を落とす一因となっている。

●浪江町・4人の子どもを抱えるお母さん

別の避難所と合流したことで、遠慮も増え、子どもがうるさいという苦情も耳に入るので、個室のような避難所へ移りたい。
福島市内の小学校への転入手続きを勧められたが、教材も何もなく、子どものことを考えるとイジメに合うのではなどと、ためらってしまう。





8人程度を受け入れたいというお宅からの申し出をご提案したが、
個人のお宅に世話になるのは、もっと気苦労があるので難しいとのお返事だった。


●南相馬市原町小高 4人家族のご夫婦

福島市役所の案内と、ボランティア側やボランティアをまとめる係の連携等がうまくいっていないようで、
混乱ばかり。避難所生活に関連する情報が整理されないので、皆苛立ちを募らせている。
相談しても、らちがあかないことが多い。





この方は、一度別の避難所でもお目にかかった方だが、1週間前には、明るくしておられたのが、
長期化する避難所生活・共同生活に、ひどく疲れておられる様子だった。

ここ福島市でも、ガソリンは相変わらず手に入らないが、どうにか調達し、南相馬市へと一時帰宅して
おられる方も何人かいた。


150人あまりの人が暮らす避難所。
全員に話しかけることは、非常に難しいが、皆さん、話しかけると、不安・不満・疑問がほとばしる。

少なくとも、福島市の避難所6箇所に問い合わせをしたところ、
食糧は十分、物資の支援はいらないという。

だけど、”話しかけること。耳を傾けること”

簡単なことだけど、案外行われていない。そんなふうに思う。

【地震・原発関連】 福島市の避難所にいる方々へ 皆様のメッセージを届けました。

数日前、このブログで募集をした「避難所で生活されている方々へのメッセージ」
http://medamakune.blog117.fc2.com/blog-entry-263.html

たくさんのメッセージをありがとうございました。

福島市の避難所におられる、原発事故により避難生活を余儀なくされている
福島県浜通りの皆さんへ、おひとりおひとりに配布しました。

IMG_3608.jpg

こういったことが、なぐさめになるのか、私も迷いながらであります。

しかし、中には涙を浮かべて「ありがとう。」と言って下さる方もおられたことも事実です。

たくさんのメッセージをいただいたので、1枚ではおさまらず、2枚目は次回また配布する予定です。

また、支援に関するお問い合わせもありました。
なにか、はっきりしたことが分かり次第、お知らせします。
ありがとうございます。

避難所の皆さんから聞き取りをしたことについては、別途このブログでご報告していきたいと思います。


【地震・原発関連】 復興するひとのいないまち 南相馬市3月27日撮影動画2

原発事故から17日目。
避難指示エリア内の南相馬市原町小高。

このまちには、歩くひとがいない。
時間が、あのときから、止まった。

だけど、置き去りにされるしかなかった生き物たちが、今も飢えながら生きている。
生きてくれ。今日はまたとても寒い。
どうか、今日生き抜いておくれ。きっと助けがくるからね。

【地震・原発関連】 復興するひとのいないまち 南相馬市3月27日撮影動画1

昨日、原発事故で避難勧告30Kmエリアぎりぎりのところに、いまだ暮らす義叔父一家のところへ行ってきた。
食糧の備蓄は十分だと1週間前に明るく言っていた義叔母だったが、
食糧の配給で、「カップラーメンをもらったよ。」と話してくれた。

わずかの食糧や菓子類、パンなどを置いて、浜のほうへと車を走らせた。

福島市で、多くの避難生活を送っている方々のお話を聞くうち、
自分自身の目で、辛い光景を見なくてはならないような、そんな気持ちが強くなってきたのかもしれない。

やけに鮮やかな青空と、北に訪れた弱い春の日差しが、あまりに残酷に思える時間だった。




▲時折画面が大きく揺れるのは、道路の陥没と隆起が激しいためだ。




【地震・原発関連】さまよう犬たちは。南相馬市

南相馬市にとりのこされている犬たちについて、支援を求めたところ、
ある団体より、下記のような回答をいただきました。

あえて、公開します。
この団体の方々も心を痛めておられることでしょう。


無断でいただいた回答を掲載してしまいましたが、
現在交渉中・進行中の問題であることなどから、
さまざまな団体の活動の妨げとなる旨、ご連絡をいただきました。
そのため、回答部分を削除します。


※ご迷惑をおかけした関係各所の皆様、申し訳ありませんでした。

しかし、以下の活動をしている方より、連絡をいただきました。

http://ameblo.jp/oa2542/entry-10841379411.html

取り残された生き物たちの、今日一日の命を救うため、
へとへとになって動いている人がいるのです。


【地震・原発関連】飼い主を待ち、探し、さまよう犬たちを助けてください!南相馬市 Please help dogs left behind by their owners lose! From minamisoma-shi

南相馬市原町・小高町、鹿島町へ行ってきました。

人がいなくなってしまったこの町で、

帰るあてのない飼い主を、待つ、犬たちがいました。

飼い主を捜し求め、さまよい歩いている犬たちがいました。

今ならまだ間に合う。助けることができる。
なのに、私一人の力ではどうすることもできない。

夫も私も言葉を失いました。

それほどの数の犬たちが、今、本日3月27日(日)現在いるのです。

どうかお願いします。犬の救助をお願いします。

スクリーニングの検査をしました。結果は問題ありません。
長時間、まちを動き回っていた私が証人です。

IMG_3607.jpg

【地震・原発関連】南相馬市 プライドを捨てて

夫です。たまらず書きます。
今日、南向台小学校から南体育館へ移動した南相馬市から
避難した人達の様子を伺いました。

先週と様子が変わっていました。
当然です。国から出た「30km圏内の自主避難」。

どういうルートで市民に伝える仕組みか分かりませんが、
市民に伝わったのは「自主避難してください」のみ。

国が出した「自主避難」と変わりありませんね。
イコール、「自主判断してください」ではないでしょうか。

市民に近い現場にいて、それを伝えるべき役割の人が、
市民の立場での「避難」を指導できていないと思います。

災害現場で苦労しているのであれば、
もっと声を大にして県や他の自治体へヘルプを出し、
市民が納得できる条件を引き出して欲しい。

もう、プライドを捨てて誰かが助けてくれるまで
声を出し続けるしかないと思います。





【地震・原発関連】自分の大切な家族を置いて、逃げますか?南相馬市民の悲痛な声

避難所で聞き取りをしてきました。
南相馬市のひとたちの思いは、日ごとに深刻になっていることをどうか伝えたい。

大切なひとを危険だといわれているところに置いて、自分だけ逃げることができますか?


国・東電・自治体の曖昧さの中で、犠牲になっているひとたちが今この時間います。


「避難したほうがいいよ。でも、ガソリンはないよ。ペットは、2~3日分のエサと水を与え、
首輪をして、置いていってね。」


そんな説明を、私たちはどう受け取ればよいのでしょうか?


一昨日、原発30Km圏内、屋内避難だったひとたちに対し、避難勧告が出されました。
それに対する説明会が行われました。

避難所でも、ガソリンを手に入れ、説明会に出席するために南相馬市へと一時帰ったひとたちが少なくありません。


場内は、怒声にあふれ、多くのひとが耐え切れず、途中で退席したといいます。


原発と震災・津波被害、さらには、風評被害に苦しむ福島県。

宙ぶらりんにされ、行き場のないひとたちを私たちは、黙ってみていてよいのでしょうか?

今、この時間に、選択を迫られているひとたちがいます。

今、必要なことのひとつです。

第一に、自分の大切な家族(ペットも含む)と一緒に避難する場所です。
第二に、自分の大切な家族(ペット含む)と一緒に移動する手段です。
第三に、その後の生活を保障してくれるという支援です。


【地震・原発関連】福島市内避難所の方々へのメッセージご協力を!!

3月23日現在、福島市内の避難所に、4,300名あまりの方々が不安で厳しい毎日を過ごしておられます。

テレビや電話・携帯電話はあるものの、
高齢の方も多く、紙で渡すものが一番よいと考えています。

ほとんどが、福島県北沿岸部(南相馬市・浪江市)の地域の方々で、
やむなく高齢の両親を自宅に残し、非難されているかた、
避難所を転々とせざるを得ない方、
家を津波で失った方、
家に戻れる日がくるのか、
福島は放射能のまちといわれ、農業をしていけるのか、漁業をしていけるのか。
放射能の恐怖におびえる方も多数おられます。

皆さんの応援メッセージをいただけたら、私がそれらをまとめ、行ける範囲の避難所に届けたいと考えています。

なにとぞ、ご協力お願いします。

メッセージはここをクリック。※別の画面に移ります。

携帯は↓
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【地震・原発関連】復興へのエネルギー 福島より

福島市の某メーカー勤務の夫が、今日こんな話をしていた。

夫の会社の機械(漠然としてるなぁ。)は、震災で大きなダメージを受けた。
今まさに必要とされている、
電気の配電盤・ガスメーター、電気メーターを一刻も早く作らねばという使命があるのだという。

しかし、いまだ、復旧ができずにいる。

「企業内の営業や取引先が、遠慮して要望を言ってくれなくなった。」



のだそうだ。

顧客の要望、仕事の具体的な意見・・・
すべてが今、”気遣い”という優しさから、東北に発信されなくなっているのだという。


そうだろう。そうだろう。
いまや、首都圏も被災地のような不自由をしている中、
全国的に、”被災地を気遣うべき” という空気が世の中を支配していることだろう。


だけれど、

「普通に言ってほしい。」



のだそうだ。

復興のためには、東北の企業が自ら奮い立ち、立ち上がるべきだと夫は言う。

地震によるダメージ、放射能の恐怖。

被災地とはいえ被害が比較的小さいと思われる福島市もまた、大きな負のエネルギーの中にいる。

人間というのは、だれかによりかかっているだけでは復興できない。

「むしろ、難題を投げかけてほしい。」



困難な状況の中、今の福島は、沈鬱な表情しか見つけられないけど、
課題を与えられると、人間は変わってくる。困難をどう乗り越えようかと考え出す。

それこそが、復興のエネルギーなのだ。

被災企業の声である。

身内の話だが、
これは、被災者だからこそ分かる、「復興へのみち」なのかもしれないと思い、
恥ずかしながら、紹介した。





【地震・原発関連】相馬のひとたちの悲しみ

避難所におられた
南相馬市原町小高 のご夫婦がカバンにしまった新聞を見せてくれた。

それは、小高区塚原の津波の様子を写した写真。
巨大な松の木が飲み込まれていく写真だ。

奥様は、「見れないんだけどね。」 とおっしゃった。
ご主人は、「うん。でもとっておこうと思ってね。」 とうなづいた。


奇しくも、丸1年前3月に私が撮影した写真。
こちらは、相馬市岩子地区の文字島と呼ばれる奇岩。
名産である海苔の養殖の様子も見える。

岩子地区は完全に津波に飲み込まれた。


IMG_1620.jpg
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津波で愛した町を失い、さらに今、
原発事故で家を離れ避難生活をし、あるいは自宅でふんばっているひとたちに、
追い討ちをかけるように、”風評”が襲いかかっている。







【地震・原発関連】相馬というまちのこと

広大な東北の地。広範囲な被害エリア。
飛んでいきたくとも、ひとりのできることはあまりに小さい。

ひとは、自分のいる意味をいつも考えるものかもしれないけど、
怠け者の私も、さすがに考える。

横浜で生まれ育った私が、今、福島県にいる意味。
相馬との因縁は、いずれ説明するとして、
私のいる福島市には、多くの南相馬市の方々が避難して、長い夜を過ごしておられる。

地震・津波・そして原発事故という、非常に複雑で難しい状況にある相馬というまちのことを
私は考えていきたいと思う。

戦国の世を連想させる「野馬追」という祭りは、広く知られるところだが、

馬とともに生き、代々継がれる甲冑があり、浜で乗馬の練習をする。
そんなひとが住むまちだ。





心から感謝。本日は休息します。

多くの励まし、温かいメッセージ、本当にありがとうございます。

ひとつひとつの言葉をかみしめています。
この場を借りて、心から、ありがとうございます。

10日ぶりの風呂のせいで、妙な疲れが出てしまった。
入らなきゃよかったかな。

今日は、たまりにたまった洗濯をしはじめました。


歩いて行けるところの避難所も、10Kmほど遠くに移動しました。
複数の避難所を統合する措置のようだから、
きっと、今頃、会えなかった近所のひとたちとの再開を果たしている方々も
おられるでしょう。
畳を敷いてくれると言っていたから、いくらか楽になったかもしれない。

学生の町のようだから、きっとボランティアの若者がサポートしているだろうと思う。


1つめの私の仕事は終わったのかもしれない。
夫も今日から会社が始まった。

私も、一度リセットしようと思う。

皆さんのメッセージのとおりです。

東北は広い。ガソリンが無い今、動くことはできないのだから、
焦る気持ちを抑え、今日は休息しようと思います。

ありがとうございます。

眠れない。弱音

地震から10日間。私の時間は止まったままだ。

水が昨日、開通し、風呂に入ることができた。
きっと、そこからだって、思っていたけど、

ヘリコプターが、上空を飛び、救急車のサイレン、余震。

眠れるわけはない。

悲しみが溢れて、なかなかブログを書けない。

今、この時間にもっともっと深い悲しみをもっている人がいるから、子どもみたいに泣いてるわけに
いかない。

東北の悲しみは深すぎる。

わたしにいったいなにができるのか。




【地震・原発関連】南相馬市 だれもいなくなった村

個人的な話で恐縮だが、私の義の大叔父一家が、北海道へ避難したという連絡があった。


大叔父夫妻は70代後半。
南相馬市でも西・30Km圏内からは外れている。
つい数十年前まで、福島県北部を代表する産業であった養蚕をし、
現在はシイタケ栽培をしていた一家だ。
あたりは山で囲まれ、コンビニもスーパーも、公衆電話もないため、
連絡を取るのに時間がかかった。

15日(火)に安否確認のため、私が訪問したときは、家族皆無事で、笑顔で迎えてくれた。
家屋の損壊はあったものの、周囲の人たちの協力などで、応急処置をしていたが、
食料の備蓄は十分で、井戸水もあり、この震災の中、イチゴを出してくれた。

それから5日間。
80軒ほどあった集落で、避難していない家は5軒になってしまったという。
特に困っていたわけではないけど、
もう、村で暮らすことができなくなった。

大叔父は涙ぐみながら、ポツポツと電話で話してくれた。

沿岸部だけでなく、今、南相馬市の山間からも、ひとがいなくなってしまった。


【地震・原発関連】南相馬市の人々の声2(福島市避難所から)

ひきつづき、別のご家族の声です。

南相馬市原町 のご家族

この避難所は、近隣の方々が本当によくしてくれ、感謝している。
今は、南相馬より、福島市のほうが放射能数値が高くなってしまって、
むしろ申し訳なく思う。



たまたま、地元新聞社・福島民友 記者の方が取材中で、お話をうかがった。


避難所によって、とても雰囲気が違う。
ここは、温かい雰囲気になっていると感じた。
避難所によって、違う。
近隣の方々の支援があるなしでずいぶん違うようだ。



とおっしゃっていた。

【地震・原発関連】南相馬市の人々の声(福島市避難所から)

明日(3月21日)、別の避難所に移動するという状況の皆さんにお話をうかがった。

南相馬市原町小高 建具職人のご夫婦70代

ご主人:
自分で6代目となる。
古い家具などの修理などをやっているけど、自分の他にはいないし、
跡取りもいないので、なんとかこの場所でやっていきたい気持ちが強い。

でも、だれも町からいなくなり、避難せざるをえなかった。
新潟に移動という噂があったが、同じ福島市の避難所への移動と聞いて安心した。
(福島市ならいつでも相馬へ帰れるから・・)

奥様:
放射能については、ずーっと前から、いつも少しは浴びているものと思って生きてきた。
(計測機がいつも見えるところにあるし・・・)
放射能のまちと言われて、これからどうなるのか、それが悲しい。


【地震・原発関連】気負わなくていいんだよ。ボランティア

嬉しいコメントをいただいたので、紹介します。

すごく素敵な情報、ありがとうございました。
私も避難所でボランティア活動をしていますが、
市役所の人がいるから・・・とか、
本当に甘い考えだと思いました。

やっぱりフットワークが軽い
自治体ならではのサポートって大切ですね。



ほんとですね。私も痛感しています。

「ボランティアしなきゃ!」

って、責任感カチカチになることない。

できることは、十人十色なのかな?

子どもが好きなひとは、それだけでいい。
人とお話するのが得意なひとは、それだけでいい。
情報収集が得意なひとは、それを発揮せよ!(なんちゃって!)


笑顔がひとつでも増えるといいね。



【地震・原発関連】20日避難所情報 福島市 

本日の福島市南向台小学校の避難所の状況まとめます。

●明日21日15時頃に、福島市松川町・南体育館へと移動が決定。
※現在の場所は未だ断水が解消していないこと? 等々理由は私にはわかりません。

●本日の昼ごはん は、「ひじきの炊き込みご飯」 でした。
タイ米のような長いお米でした。

●ガソリンを3000円分入手できたという方がいました。

●ボランティアの人がたくさん来ていました。フルーツの差し入れがありました。

●福島市HPでも案内が出ましたが、現在物資は十分にいきわたっているようです。
食料・飲み物・薬等々。

●比較的落ち着いており、皆さんしっかりと元気に明るくがんばっておられることを感じました。
近隣の支援に対する感謝の言葉をたくさんいただきました。

私の感想、またお話をうかがった方々の声は別途ご報告します。


【地震・原発関連】印刷してあげよう。お風呂が入れるリスト

高齢の方にもわかりやすい、
お風呂に入れるリストを教えてもらいました。
早速印刷して、地図とともに避難所に持って行きます。

行政がやってくれるはずと思わず、
重複したっていいじゃないですか。
断水しているエリアで、ガソリンを使わず避難所に行ける人。
スピード命です。

http://sairosha.com/furo/furoikoka/hisaitijoho.htm

地震・原発関連】 断水生活10日目

地震から10日。
断水生活も10日目を迎えた。

とはいえ、80%復旧してきたということなので、
もしかしたら、本日回復か?

憧れのお風呂に入ることができたら、この溜まった疲れがいっぺんに吹っ飛ぶだろう。

本日の放射能の値は、一時より下がってきた。
飯舘村20.5
福島市9.31

依然、通常値と比較し、
飯舘村:約500倍
福島市:約230倍

この値は、人体に影響はないと言うけれど・・・。

【地震・原発関連】 避難所の情報収集

避難所の状況は刻々と変わっていますね。

報道でもいろいろされていますが、全部の避難所の状況は報道ではわかりません。

今日二本松市より福島市に来られていたボランティアのお若い男女は、

”なにが足りないとか、なにが困っているとか、そういうのがわからない。”

”同じようなものばかりを支援しちゃっているんじゃないか?”

などとおっしゃっていました。

ですよね。

物資に関しては、私の行った避難所は、今日はパンが山ほどありました。
むしろ、「パン持ってけ」と私たちを心配してくれたくらいに豊富にありました。

物資を支援っていうのが、もちろん優先ですが、
ほかの形の応援もいっぱいあるんだな。っていうのが、
たかだか数日の経験ですが、私の今の感想です。

【地震・原発関連】19日夜の避難所小情報 福島市

またまた避難所へ顔出してきました。
今日はちょっと明るい話題。

浪江の方々は、二本松に役所機能ができたということで、そちらへ移動された方がかなりの数おられたようです。

物資が届き始めたこと、地域の支援が増えてきたこと、近くまで水が復旧してきたこと、

などの理由からでしょうか。
皆さんの表情が少しだけ明るくなってきたように感じ、こちらも救われました。

まとめます。

●ボランティアのひとがきた!

救援物資関係のお仕事をされている若い男女グループが、二本松から来ていました。
物資は、まだ細かには配布されていないということを個人的に危惧され、いらした様子。
よかった!

●寝たきりのおばあちゃんお風呂に入る!

本当に喜んでおられたようで、ご家族の方々もみんな笑顔。よかった!!

●ひこにゃんプレゼント

チビっこは皆元気。遊ぶものもほしいかなと思って、
彦根の「ひこにゃん」ぬいぐるみを持って話しかけたら、固まってしまって、家族の方々大笑い。
みちのくの子、愛おしい。

●別れ別れになっていた家族が合流!

川俣町の道の駅や飯館村で避難していた人たちが、福島市に合流。
(※飯館村の放射能数値が最も高くなってきたためですが・・・)

●避難所としての期限が延長された。(確定ではない)

●お風呂に入れた!
渡利地区まで、水がきたことで、一般のご家庭がお風呂を開放してくれました。
そのおかげで、お風呂に入れた方が本当に喜んでいました。

           


【地震・原発関連】本日19日の福島市避難所情報

本日、避難所の聞き取りをしに行ってきました。

お湯が無いので、お尻がただれてしまったという赤ちゃんのことが気がかりで、
魔法瓶にお湯を入れていきましたが、すでに別の避難所へ移ってしまっていました。

寝たきりに近いおばあさんは、相変わらず辛そうな顔で横になっていましたが、
ご家族の方々は、明るく「大丈夫です。ありがとう」と言っておられました。

妊婦の方は、元気に明るい笑顔で「大丈夫です。」と話してくれました。

また、市内の路線バスが多少復活してきたため、バスを利用し、すでに復旧している飯坂線に乗り、
飯坂温泉でお風呂に入れた方もおられました。



【現在の状況まとめ・南向台小学校】

●食料(パン・おにぎり中心)十分にある。
●お湯の入ったポット2本
●炊き出しを今までで2回(避難者の皆さんは十分だといっている。)
●断水継続中(トイレの水はプールから避難者の方々が協力しバケツリレーで集めている)
●280名→170名に減少(浪江の方々が二本松へ各自移動)
●近隣の住民による支援が増えた
●2Kmほど離れたところが水が回復したため、お風呂を開放してくれるご家庭が
名乗りを上げ、一部の方が利用
●避難が長期にわたってきているため、トイレなどの衛生面を気にする方も多くおられます。
(断水しているため、非常に難しい点ではありますが。)



相馬市原町小高 ご夫婦70代

お茶っ葉がほしい。(そのまま食べる)
今はガソリンがないから、下手に動くべきでないと考えている。
郡山までは、物資や燃料が来ているが、福島市には原発を恐れて
運ばれないのでは?




今現在動かずにいる方々は、ほとんど南相馬市原町周辺の住民の方々でしたが、
レンズ雲のような雲が空に浮かんでいることに、皆、不吉なもの(原発関連)を連想し、一時騒然となる時間がありました。
また、60Km圏内に入る福島市が、はたして安全なのか、風向きを気にする方々の姿も多く見られました。
原発に対する恐怖感の大きさを感じます。

とはいえ、不必要にパニックになることを避けようという冷静な考え方の方が、お互いに励ましあっている姿も
見られるようになりました。

断水しているとはいえ、比較的恵まれている福島市の避難所ですが、ようやく昨日あたりから支援がいきわたってきたという状況です。

このブログを広めようとしてくださっている首都圏の方々などの協力などに感謝いたします。

【地震・原発関連】断水生活9日目突入

今日で9日目の断水生活です。
福島市の復旧率は50%。

石鹸というものをもう9日使ってないわけだけど、
なんとかなるもんです!
むしろ、なぜかお肌がきれい???
今までの努力はなんだったんだ。


冗談はさておき、体を洗うことは、
私のような健康体の人間にとっては、そんな程度ですが、
赤ちゃん、お年寄りにとっては、大切なことです。

避難所では、赤ちゃんのお尻がただれてしまい、
薬もありません。ミルクをつくるお湯もありません。

まだ生まれたばかりと思われる赤ちゃんを
抱っこするお母さんの顔は、
話しかけることができないほどでした。

飲み水ではなく、温かいお湯。


原発のことで避難している方々だけに、
シャワーで洗い流したい。そんな気持ちはまた特別だろうと
思います。

たくさんの方にお湯を届けることは、個人ではとても難しい。

これから、避難所に行ってきます。







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ご当地目玉おやじの収集ブログです。

クネ

神奈川県鎌倉市で全国のご当地に思いを馳せていた私ですが、夫の転勤で福島県福島市に暮らすことになりました。
通常は地域限定目玉おやじのストラップのコレクションと旅ブログですが、3.11以降、すっかり原発事故・震災関連記事ばかりになってしまいました。

いつか、またご当地に思いを馳せる日がくるでしょう。

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