昔むかし、、伊勢の漁師が海岸で漁の片づけをしていたときのことじゃった。

ふと岩場の間に目をやると、なんとまぁ美しい貝があるでねえか。
「こら珍しい。早速かわいい嫁さんに持って帰ろう」と、そうっとひっくり返してみた漁師は、
びっくりして腰をぬかしてしもうた。

『あ〜れ〜。いややわ。はずかしい・・』
美しい貝の中から現れたのは、

しどけない姿で、横たわる小さな妖怪だったのじゃ。

くねくねと体をひねらせるその姿に、後ずさりしたものの、
ただならない妖気を感じ、漁師は、そうっと、海へ帰してやったのじゃ。
すると、翌日から大漁つづき。漁師は、あっという間に村の長者になったとさ。

※知人が伊勢神宮
おかげ横町で見つけてくれた。
貝がらの質感も色もとてもよいので、思わずまたこんなことをしてしまった。
あけましておめでとうございます。
新年は、きちんと計画を立てよう!などと思うものですが、
いきなり更新を怠りました。今日が初ブログです。
めでたい新年ということで、(いまさら・・・)鯛を選びました。

伊豆のキンメダイですね。これウマイんだな。伊豆の回転寿司でキンメの寿司を食べ、
感動しました。

▲ひっくり返してみますと・・・。
キンメの目から、目玉が「わーい!」と飛び出しています。
右:にっこり笑っているような状況ではなく、体内から妖怪に食い荒らされているわけですね。
コワーいお話です。
言わずと知れた
名古屋城「金のしゃちほこ」です。

知らなかったんですが、左右対称かと思っていた一対のしゃちほこですが、雌(北側)と雄(南側)で、しかも大きさも違うんだそうですね。
これって常識?おやじがつかまっているのは、お城を正面から見たと考えて、オス!ということになるでしょうか。
なんだ。メスにつかまってるなら、ツッコミようもあったけど。
先月放送終了となったフジテレビの番組『ザ・NIPPON検定』でやってたけど、第二次大戦で消失したしゃちほこの残骸は現在、金の茶釜に姿を変えて保存されてるんですってねぇ。
あー。勉強になった。
目玉おやじでも乗ってなかったら、こんなに「金のしゃちほこ」について調べただろうか・・・。(5分調べただけだけど)。
感謝感謝。
※知人が名古屋駅で見つけてくれた。
駿府城と
目玉おやじに会いに、
静岡へと行ってきた。

▲左:
駿府城 後ろにそびえる立派な建物は
静岡県庁だ。
右:本丸跡には、徳川家康の鷹狩りの像。そう、
静岡は徳川のお膝元である。家康のことを「駿府の翁」などと呼んだみたいだし。


▲東海道新幹線の小田原駅にて購入した駅弁。めちゃくちゃ美味しかった!オススメ!

▲外堀の周りを歩いていたら、何やら不思議なオブジェが!
ふんふん、、
静岡は「わさび漬け」発祥の地だとか。それにしてもかなりのインパクトな存在感。

▲「家康公の散歩道」と名づけられた歩道には、弥次喜多の二人と並んで座れるベンチが。『東海道中膝栗毛』の作者である十返舎一九は、現在の
静岡市の出身だそうだ。

▲絶対いるよな。こういう人。

▲城跡公園内中央部にある銅像&噴水。
テレビ東京『シンボルず』に投稿しようかと本気で考えた噴水の銅像(ヌー銅)。
お母さんに抱き上げられた子どもが口から噴水しているわけだけど・・。辛そうな体勢だし、とても苦しそうだ。抱いているのは本当に母親だろうか・・・。そして
静岡とどのような関係があるのか、謎のままである。
※テレビ東京『シンボルず』公式サイト
▲
静岡市内繁華街で見つけた「悦楽グループ」という看板。観光案内所ならぬ”Tonight案内所”なんだけど、問題は大きく描かれた
「毛利の一文字三つ星紋」だ。
よく見ると、あちこちでこの案内所を目撃した。
徳川家のお膝元に毛利の家紋・・・。この謎も解けぬままである。

▲で、肝心の
目玉おやじの収穫はというと、実はゼロ。
これは、以前神奈川県内海老名SAにて見つけたもの。
静岡市内のお土産屋さんは数件回ったが、これのみが豊富なキティちゃんに囲まれていた。
真ん中だけ手足が生えている。これまたキティ好きの人には受け入れられないだろうなぁ。

▲そしてやっぱり苦しそうだし、痛そうである。
「
さるぼぼ」は飛騨の郷土人形で、モデルは猿の赤ちゃんだそうだ。
「災いが猿(去る)」、「家庭猿(えん)満」、「猿(えん)むすび」などといって、お守りにしたりするのだそうだ。

▲本来の「
さるぼぼ」は、お顔が無いのが普通のようだ。

▲何度か登場しているMちゃんが、この夏奥飛騨へと訪れた際に見つけてくれた。私はまだ行った事がないのだけど、一度は訪れたいものだ。
とにかく、飛騨の人々に、
さるぼぼはとても愛されている故郷のシンボルともいえるもののようです。
↓こんなサイトもあってビックリ!顔がないどころか、目玉ですけど、お仲間に入れていただけるだろうか?
