福島発・東日本大震災・原発事故についての投稿ばかりになっちゃいました

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誰も言わないけど、福島だから・・・。

誕生日、心優しい友人たちから頂いたメッセージは、”笑顔になれる一年になれますように。”

そうだな。あたしはもう随分ホンキで笑ってないと思う。
友人たちの言葉は、自分の眉間の皺が深くなっていることを思い出させてくれた。

しかし、毎日流れるニュースは、眉間の皺を取り除いてはくれない。


先日は、高市政調会長の「原発事故による死亡者はいない」という言葉に、耳を疑った。
いつの間にか議論もないまま、原発再稼動ありき・・・という道へと路線を変えた自民党。
アベノミクスだ、ダメノミクスだと、一喜一憂する報道。

ほんとに、スゴいよな。変わり身が・・・。

しかし、福島で起きたこと、現在も続いていることが、
舞台が東京だったらどうだろう。大阪だったら?
私が今夢にまで見る、帰りたい、大好きな鎌倉で起きたことだったら?

東京の街に、立ち入ることができないほどのエリアが今もあったら?
多くの人が訪れる古都鎌倉で、子育てするのが不安な放射能があったら?
横浜で、自分の大切なものを捨てて逃げなくてはならなかったら?


きっと、こんなことにはなってないんじゃないかな。

そう、悲しくて、とっても不幸なことだけど、
これは、東北の一地方、福島で起こったことだからじゃないのかな?
これは、福島の人も言わない、全国の人も言えない、でも真実じゃないのかな。

沖縄も同じことかもしれない。





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あれから2年とは・・・

時計の針が2時46分に近づくと、
無意識に、台所でそわそわと落ち着かなくなってしまった。

気候が厳しく、慣れることができない福島で暮らした3年半と、
震災と原発事故で、身辺に起きた様々な出来事から

私は何を学んだのかな。

呑気で自己中心な自分は、前に進んだんだろうか。後退したんだろうか。


そして今日、知ってしまった。

福島の動物を助けようと遠方から毎週のように通い続けてきたひとが亡くなっていたことを。


彼女のボランティア活動は、自分勝手な感情に走らず、
常に地元の人の気持ちを理解しようと努める人だったと、
当時、私も動き回っていたときに知り合った方のブログで知った。

命あるものを助けたいという心が、
思いがけない苦しみを生むことを、彼女の活動の足元にも及ばなかったが、
私もまた肌身で知った。


優しいひとが救われるわけでなく、
正しいことが通ることが少なく、
まじめな人が守られるわけでなく、



こんなマイナスなことをブログに書くなんて、私の流儀に反することをしているなぁ。

とにかく、目の前のことを頑張ろう。
今はそれだけだよね。自分。



禅クリスマス2012

福島のこども。福島のひとたちのことを考え続けてきた1年半あまり。
少し疲れてしまったみたいだ。何も耳に入れたくない。まぁ、一言でいうと病んでいます。

そんな今年のクリスマスは、
ひたすら”手芸とソーイングと仕事で無になる日々。”

クリスマスなのに禅修行のようだ。

xmas2012.jpg


前触れもなく、
突然湧き起こる中途半端な創作エネルギーは、
きっと、私の中の自浄作用なのではないかと思う。

ステンシルで作ったツリーは、ひとつひとつの絵柄をカッターでくり抜いている間は、
完全に頭の中が「真っ白」になっている。

きっと、口も半開きだ。

ウサギのファーで作ったバッグは、昔のジャケットの袖を解体し、型紙も取らずにいきなりハサミを
入れて強引に縫い上げたという代物。
でも、結構お気に入り!
だって、材料費ゼロだもん。

毎年先輩が送ってくれる、彼のオリジナルセレクトのクリスマスCDを全部ひっぱりだし、
センスのいい選曲でまとめられたCDを堪能しながら、ちくちくちくちく。

ああ、まるで北欧の老婦人のような私。(うっとり)
春はいつくるのかな~

福島市の家除染リポートその2(庭の除染)阪神大震災の恩返しだと・・・

建物の除染が完了してから3週間になるだろうか。
私の家とその周辺ブロックの除染作業は続いている。

今日は日曜日なので、久しぶりの静けさだ。くる日もくる日も続く除染作業の中で
私は仕事をしたり、家事をしたりしている。つい気持ちが落ち込み、リポートもできなかったが、
今日はやっとブログに向かっている。


2012年10月5日。私の家の順番の日。
朝8:30に10人くらいの作業の方々が家の庭に集結し、一気にスタート。

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園芸が大好きな私だけど、草むしりすらせず、放置していた荒れ放題の庭。

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▲事前に、残しておきたい植物などのリストや場所を申請しているので、
作業の皆さんが、それに基づき手際よく上部の土を手作業で除去しはじめる。

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▲鎌倉の庭からわざわざ持ってきた大切なクリスマスローズも、細やかに保護してくれた。
ひとつひとつ手作業で、汚染された土を取り除いてくれる、大阪のクマのおじさん。(私が勝手にそう呼んでいる。)

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▲あらかた手作業が終わると、クレーンが入り、汚染土を地中に埋める準備をし始めたようだ。
うちの場合、写真奥の場所に埋めることになっている。


汚染土を敷地内に埋めることについて
この家の所有者の方は、大変心配しておられたようだ。
当然だ。
自分の家の敷地内に汚染物を埋めねばならないという
現在の状況を、わがこととして考える責任が日本人全体にあるのではないか。



さて、短いお昼休みを挟み、次の工程。

作業の責任者と思われる方が私に相談をしてきた。

「地面の中が想像以上に固く、これ以上堀進められない。
だから汚染土は、自分たちが確保している別の場所へ埋めるが、承諾してもらえるか?」

とのこと。
結果的には、敷地内に埋めないという、所有者の方が喜ぶ形となった。
作業者の方へたずねると、そういう硬い地盤の家も1割くらいあるのだという。

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▲行き場を一時失った汚染土。全てうちの庭から出たもの。
白い箱1こを私は持ち上げることができない重さだ。

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▲それら、一時退避する汚染土を、また別の入れ物に。青い袋のようなもの。これが2個。
1つずつクレーンで運んでくれた。
クレーンの後ろを学校からの帰り道だろう、小学生の男の子が通る。


↓AFTER!!
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▲汚染された土が全て除去された庭。

正直、1年半の私の澱んだ心が取り除かれた気すらする、すがすがしい光景だった。
作業が終わったのはPM5時近く。

こんな作業を1軒1軒、続けているのだ。


除染リポートその1に続き、担当してくれた作業者の皆さんは大阪の別チームの面々。

リーダーと思われる方は神戸の方だった。
彼は、かなりキツい口調で、作業者の方々に指示!指令を下していたが、
私と並んで、この汚染土の入った青い袋を眺めながら、

「阪神の震災のときに、福島のひとが随分助けてくれたんですわ。
だからね。その恩返しみたいな気持ちなんですわ。」

当時私は編集の仕事で、震災1ヵ月後の取材をしたことを思い出した。
目に見える形では、仙台で被災したときの何倍もの建物被害・・・崩れ落ちた家々を見て、
言葉を失ってしまった若き自分を思い出す。

くる日もくる日も、自宅に帰ることもできず、
除染作業に取り組んでくれている、大阪神戸の親愛なるオジサンプロ軍団の、明るい笑顔に
騒音の中で、「ありがとう。オジサン!」

せんべいやカリントを食べてもらいながら、

「除染」という作業の中に、いろいろな人の思いを感じざるをえない。




福島市の家除染リポートその1(建物の除染) 本来誰も経験してはいけないこと。

震災から1年半。
福島市で私が暮らす借家の建物の除染が完了した。

公園などの共有施設は、既に除染は終わっているものの、家屋ひとつひとつの除染は、大変な工程がある。

神奈川に帰ると、「除染ってどんなことするの?」と聞かれることも少なくない。
たしかに「除染」などという体験をするひとは、日本全国の中でも多くないだろう。
多くなってたまるか。もう、二度と、こんな経験をする人が増えてはならない。

福島市を脱出したいと考えている人が、現在も34%いる

という市民意識調査結果が出たばかりだ。

福島市の除染はまだ始まったばかり。
まだまだ苦悩の日々を送っている人はたくさんいる。
だから、楽しい話ではないけど、記録しておく義務が私にはあるような気がして、せっせとブログを書いている。


さて、リポート。

除染に関する説明会が行われたのが3月。本格実施は、その半年後となった。

時期が決まってからも、本格実施までの工程は数多い。




1.庭の樹木等の剪定等のアンケート調査
2.除染前の土地の測定
3.除染前の屋外線量の測定
4.除染前の室内線量の測定(立会い)
5.除去した汚染物の保管場所の相談

うちの場合は、借家なので、所有者の方への確認などもこの間にあった。
福島県外で暮らしているという所有者の方も、立ち会いたかったようだ。そりゃそうだろうね。
だって、汚染された土などは、敷地内に保管となるわけだし。





担当業者の選定にあたって、結局は大手ゼネコンが落札し、地元福島の業者が入れないといった問題点も話題になったけど、私のブロックもまた、大手ゼネコン2社の共同体。

↓以下、Before 2マイクロシーベルトを超える数値だった場所
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↓以下 After(除染後の線量の測定は後日予定されている)
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▲どうしても放射能がこびりつくというコケもキレイに。

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▲溜まっていた落ち葉も、汚染の高いところだったが、全てキレイに。
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▲曇っていた駐車場の屋根もクリアに。透けて見える曇空すら爽やかに感じられる。


↓作業は、クレーンを使ったり、細かいところは手作業でふき取ってくれ・・・
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↓洗濯や、布団干しもためらっていたベランダも窓枠もピカピカになった。
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担当してくれた人たちは、ほぼ全員大阪のひとだった。

何人かの方にお話を聞くと、

”福島に行くことをご家族に反対された・・・”という。でも、丁寧に状況を説明して説得してきたという。
福島の夏が大阪より暑くて、堪えた・・・と言っている人もいたなぁ。


人懐こい大阪のひとたちは、作業の中でもみな私に声をかけてくれ、「もう安心ですよ。」と笑顔で言ってくれた。なんだかつい涙が出そうになってしまう。

1軒の家を除染するってことは、大変なことなのだ。あらためてそう思う。

福島の求人チラシには、
『除染作業者募集!!高収入!』などという文字が躍る。


本当に本当に、こんなこと、もう二度と起こってはならないのだ。


庭の除染は10日後あたりに予定されている。





横須賀ブラジャーで上がったり落ち込んだり。苦悩の福島生活。

横須賀ブラジャー。

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これは、横須賀だけで売られているちょっと不良なブラジャーなのか、食べ物なのか???

おもしろいね。実は地域ブランドというか、地域活性化の一環なのだ。


先日仕事関係で、こういった仕掛け人的なプロたちの打ち合わせに参加した際に聞いたものなんだけど、
こういうことを手がける人たちのアイデアの出し方はとってもおもしろかったし、
脳内トレーニングにもなった。

この横須賀市のスナックのママたちは、昭和を生きてきた超ベテラン揃い。
どの店もどの店も、味わい深いママたちがいるのだそうだ。
いまや、かつてのちょっと不良なアメリカっぽい横須賀は影をひそめたけど、酸いも甘いもかみ分けた
名物ママさんは、なんだか好きだぞ。きっと。

こわいけど。



打ち合わせのスタイルは、飲んで食べて、大いに笑って・・・。
そんな中で、誰かの発言が誰かの発想力をパワーアップさせる。

リーダーである、この分野のプロフェッショナルがおっしゃっていた。

”いい感じになってきたね!会議室で眉間に皺つくってアイデア出そうとしたってぜんぜんだめ。
楽しくなかったら、発想なんて出てこないからね。”

うんうん。ほんとだ。
ひとりでウンウン悩んでいても、ちっともいいアイデアなんて生まれないのに、
楽しい会話の中で、あたしの冴えない頭も動き出したぞ。


ああ・・・だけど・・・。
こんな活性化が福島でも生まれたらいいのに。
ついつい、福島のことを思う。


福島市での毎日の生活の中で、目にする仮設住宅。
キレイに住んでおられるけど、さぞかし暑いだろう。福島市の暑さは、浜通りのひとたちを
これでもかと痛めつける。

そして、避難できずに悩む母子、長引く避難生活が精神的・経済的にのしかかっている母子。
子どもの健康被害におびえるママたち。

先日朝日新聞に掲載された「母子避難アンケート」から浮かび上がるもの、
そして、圧倒的多数の避難していない母子たちの姿を
横浜では、うっかり忘れてしまいそうになる。


福島へ帰る新幹線の中は、とても切ない。


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▲母子アンケートはこちらに掲載しています。







私の心を揺さぶるのね。岩手のリズム~北上みちのく芸能まつり

3年越しの悲願「北上みちのく芸能まつり」は、過酷でそしてゴージャス、そして鎮魂と復興への祈りそのものだったように思えた。


みちのく芸能まつり


一体全体、どうしてこんなにも岩手の音とリズムと舞に惹かれるのか。
私の前世が、岩手のどこかの村の娘だったのか?

村の若衆の晴れやかな姿に、おどおどと心を震わせて、実らぬ恋に身を焦がしていた・・・そうに違いない。


私の目当ては、北上市地元の芸能「鬼剣舞」であることは当然だけど、
この祭りのすごいところは、岩手全土で受け継がれる神楽と大好きな「鹿(しし)踊り」、
さらにはそのほかの様々な民俗芸能が、まちじゅうで行われているというすごい祭りなのだなのだ!!!
岩手のひとたちは、当たり前のようにこんな文化を持っている。

→みちのく芸能まつり公式サイト

新しい出会いもあった。

それは、釜石、大槌町に伝わる「虎舞」。


こういった舞にさほど興味は無かったのだけど、このリズムはどうだろう!
演目のひとつ「跳ね虎」からクライマックス「笹喰み」へと移るときの太鼓のリズムも忘れられない。

すごい動画も見つけてしまった。1976年のおそらくNHKの番組だろうか。

ああ、そうなのだ。
本来「虎舞」は、釜石・大槌の海の男たちと大海原。それが主役なのだなぁ。
これを見たら、きっと感動するぞーー。



岩手・沿岸部の人たちのこの1年5ヶ月。

岩手県には、1400以上もの芸能団体があるのだそうだ。
大切に受け継がれてきた道具はもちろん、共に練習した仲間を失ってしまわれた方々も少なくない。


灼熱のまちなかで、重い装束をつけ舞うひとたち、共通してあったであろう鎮魂と復興への願い。
継承している若いひとたちの姿も少なくなかった。

それを考えたとき、
岩手の文化の奥深さへの感動と同時に、私の祈りの気持ちも深くなる。




▲ こちらは、私の動画ダイジェスト。青笹鹿踊りのラスト(間に合わなかった!)と、虎舞のお囃子と太鼓のほんの一部。

 「大漁万作 商売繁昌でエー ヨイトサノサー」

 「鍋 釜 売っても 良い嬶持たんせ 一生の花だよ」
 「 ホー ホー ハー ヨイトサー」
   
 「ソコラガ大事だ」 「ソコラガ大事だ」
 「ソレ アヨイトサー」




▲こちらは、鹿踊り会場ダイジェスト。
宮沢賢治もこの鹿踊りが好きで、『鹿踊りのはじまり』という短編がある。
飽きることなく眺めていたという。

ビデオ最初ののグループ、花巻農業高校の若きひとたちのキレと若々しさに、村娘の妄想が広がる。



放射能のある生活に慣れていくということ、怒るのに疲れていくということ。

あれから2回目の夏が近づいている。

私もまた低線量被爆をし続けているのだろうなと、ふと思う。
もちろん、ふと、、、なんて軽めの感情ではないんだけど。


HPを担当している「福島の子どもを守りたい セーブわたりキッズ」というグループには、
夏を控え、子どもの保養や避難を企画しておられる団体からの情報や、
様々な支援情報があらためて寄せられている。

今日は動画とともに、福島の子どもを心配する声をいただいた。



情報をいただくたび、ふと、いや、ハッとするのだ。

この世の不条理に怒りを保ち、発信し続けることは大変なエネルギーだ。
世界中に不条理が満ち満ちている。

福島市周辺に暮らし続ける人たちは、”ふくしまのことを忘れてほしくない”と思いつつ、
憤ってばかりいる毎日に疲れ、平常を取り戻そうとしている。

私自身も最近は、仕事と自身のことで、福島のことを考えないようにしているかもしれない。
とっても疲れるからだ。
県外の友人と会っても、福島の話題は相手の顔を曇らせてしまうことがわかるから、
話題を変えるようになってしまった。


首相官邸の周りに集まる原発再稼動反対のデモは広がり続けているというけど、
福島市は静かなものだ。当事者ってそんなものなのかな?

”この土地で暮らすなら、安心な九州野菜を ”

なんて、チラシが入ってくる。
なんだか、あきらめちゃてる感を感じてしまうのは、あたしだけなのかな?


だけど、この動画の数値に、つい愕然としてしまう。





このまま、放射能のある暮らしに慣れていってしまっていいのか?
どうせ、福島のことなんて他人事だろうから、、、なんてブツブツ言ってていいのか?


低線量被爆の結果が出てくるのは先のことだ。

オトナはいい。あたしみたいなのは特にどうでもいい。
元々お酒とタバコで大いに汚染されている身体だ。子どももいない。

でも、子どもは自分の環境を自分では決められないもんね。

福島のオトナが怒り続けるエネルギーを失ってはダメなんじゃないかな。

被害を受けたことに慣れてしまうこと・・・・
なかったことにしてしまおう、

と思うそのことに、強い危機感を覚える。未来はどうなるのだと・・・。

どうすればいいのか、わからないんだけど。



福島にねぶたと竿灯がきたっ!

福島市のイベント「山車フェスタ」に、青森からねぶた、秋田から竿灯がきてくれるというニュースに、
祭り好き・郷土芸能好きの私は心躍った。

”福島を励まそう”

という思いで参加をしてくれたのだそうだ。



大迫力&長年の憧れだったねぶた。
繰り返される低音の太鼓、鉦のリズム、ハネトの人たちの楽しげな様子。
竿灯の妙技と提灯の炎の美しさ。

東北に来て3年足らずだけど、その半分は震災と放射能の毎日だった。
今もそうだけど。ふさぎこむことも少なくない。

でも、今日は違う。なんだろうなぁ。この嬉しい気持ち。

”励まされる” って、よく聞く言葉だけど、あるんだね。ほんとにそういう気持ちになるってこと。

歩くひともまばらな福島のまちに、
この夜は、明るく、賑やかで、
笑顔が沢山あふれていた。

あまりに嬉しくて、思わず動画編集しちゃいました。

秋田や青森は、福島の比ではないだろうけど、寒くて長い東北の冬。

それを肌で知ったからこそ、この夏祭りの喜びを
自分のこととして感じることができるような気がする。

夏の東北の祭りスケジューリングは、めちゃくちゃ難しい。
すごいやつとすごいやつ(※わたしの中での判断基準)が同日程ということが珍しくないからだ。

昨年震災で行かれなくなってしまった北上・みちのく芸能まつり。
鹿踊りと鬼剣舞、神楽全部堪能してやるぅ。
多分泣く。


青森のひと、秋田のひと、ありがとう!

漆器で給食を食べる喜多方の小学生。いい文化だな。

なんと、喜多方市の全小学校では、給食をこの漆器でいただくのだそうだ。

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いわゆる多用椀で、直径が15センチほど。
給食用にデザインされただけあって、軽く、安定感もあり、ガンガン洗って使える耐用性も高いという。

減ってしまった漆の木をを30年前にあらたに植樹したものがようやく使えるようになり、
このお椀はそれで作られたという。

「この器で給食が出されると、子どもたちは食べ残しがなくなったんですよ。」

と穏やかに話してくれたのは、

蔵が美しい 北見八郎平商店 の若きご主人。

サラダを盛ってもよし、鍋料理の取り皿にすると、漆の保温効果でいつまでも温かくいただけるのだそうだ。

うーん!いいなぁ。自分たちのまちで作られた歴史ある美しい器でご飯を食べる。
素晴らしい。食の記憶というのは、実に人にとって大きな影響を与えるものだと思う。
子どもにこそ、必要なことかも!


喜多方へ行ったのは、友人夫妻が震災の折に送ってくれた味噌を買うため。


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▲金忠味噌▲

実に美味しい味噌なんだなぁ。


ついつい震災復興に結び付けてしまうけれど、
私は、故郷の自慢話を聞くのがとても好きだ。どんな話であれ。


なにがなんでも、震災前の”おらが村・おらが故郷”に戻したいと
思う心が今とても大切なのだろうと、実感をこめて思う。

最も郷土愛の薄いとされる神奈川県出身の私がいうのもなんだけど。



”避難したひとと残る人”、”原発反対のひとと、容認派のひと” ”中通りと浜通り”
”支援してもらうひとと支援するひと”

そんな、残念な溝の話題が福島では多いのが本当のところではないか。



"キズナ" なんて使いまわされた言葉には、何も感じない。

そんな薄っぺらい言葉ではなく、この国の文化と、それぞれの地域の誇りや歴史、
そこに生きてきたひとびとが大事にしてきたこと、

そんな一つ一つのことに敬意をもち、理解しようという気持ちが、
この問題を救っていくのではないだろうか。






それにしても、喜多方は次第に吹雪に。(思わず向かいの、これまた蔵づくりのお店に飛び込んで震える手で撮影)福島市も雪がちらついていたけど、もっと寒かった。


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▲福島市から向かう途中の道。冬は覚悟ができるようになってきたけど。さすがに4月ですからね。

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ご当地目玉おやじの収集ブログです。

クネ

神奈川県鎌倉市で全国のご当地に思いを馳せていた私ですが、夫の転勤で福島県福島市に暮らすことになりました。
通常は地域限定目玉おやじのストラップのコレクションと旅ブログですが、3.11以降、すっかり原発事故・震災関連記事ばかりになってしまいました。

いつか、またご当地に思いを馳せる日がくるでしょう。

当ブログは・・

伊達市の獣医さんのブログ

おいでくださって、ありがとうございます。

 

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